FC2ブログ

ヒトカラマニア

…ですが、今は体のメンテナンスの優先順位が高くなってしまい、あまりヒトカラに行けてません/(^o^)\

多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その6「ドクターストップ」
2010-05-21 00:00

 多発性繊維性骨異形成症は、病巣部分が、骨折することがあります。
体重がかかると、疲労骨折すると言われました。

1979年から、体重がかかるスポーツはすべて、ドクターストップとなりました。陸上競技も
球技もウインタースポーツも。体育は手抜きで参加OK、部活で運動部はダメという感じ。

実感として、ウォーキングは長時間でもわりと大丈夫です。
ランニングは、1日2日なら平気なのですが、
数日つづけると、左下肢に、神経痛っぽい痛みが出ます。

そんなわけで、私はスキーをしたことがありません。
社員旅行でスキー場に行ったことがありますが、ソリ遊びだけしていました。

発症前から、バレリーナになりたい、という夢もあったのですが、
母が反対して習わせてくれなかったことも、かえってよかったと思いました。
習っていたら、途中の段階で、やめなければいけなくなって、挫折感が大きかったと思うから。
(ちなみに母の反対理由は「クラシックが脚が太くなるから」です。間違ってます(゜Д゜))

唯一、医師から推奨されたスポーツが水泳でしたが、
お金がかかるので、やっていません( ̄ー ̄)



ドラマ『月の恋人~Moon Lovers~』第1回を観ました♪*少しネタバレ
2010-05-20 00:00

 2010年5月10日にフジテレビで放送されたドラマ
『月の恋人~Moon Lovers~』第1回を、録画で、先日、観ました。

「葉月蓮介(木村拓哉)」は家具メーカー「レゴリス」の社長。
新規店をオープンさせるため、上海にやってくる。
「葉月」のまわりの3人の女性。
「二宮(篠原涼子)」は学生時代から知り合いのインテリアデザイナー。
「大貫柚月(北川景子)」は家具メーカー「マストポール」の社長令嬢で、人気モデル。
「シュウメイ(リン・チーリン)」は上海の家具工場に出稼ぎに来ていた工員。


第1回を観るかぎり、「葉月」は「二宮」とは元恋人のように見えなくもないし、
「柚月」とは交際報道されているし、
「シュウメイ」を「レゴリス」のモデルにスカウトして、「おまえがほしい」と言って
ギュギュウッと抱きしめていました。
3人ともと、微妙な関係なんですよね~*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゜・*:.。..。.:*!!!☆

篠原さんの演技が好きなので、次回以降も楽しみです。
あと、中国語を話す阿部力さんと松田翔太さんにも注目してしまいます^^
ちなみにこの文章を書くためにウィキペディアを読んだら、
リン・チーリンさんて35歳なんですね。20歳くらいかと思ってましたΣ(・ω・ノ)ノ



海外ドラマ『TSCC』最終回を観ました( ̄ー ̄?)*ネタバレ
2010-05-19 00:00


2010年5月8日にフジテレビで放送された海外ドラマ
『ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ』最終回を、録画で、先日、観ました。

「ジョン」達は「ウィーバー(T-1001)」とガチで話をしました。

すると、私は今まで「ウィーバー」を悪役だと思っていたのですが、
「本当はいい人なの?(人じゃないけど)」と思うような行動をとりました。

「ジョン」たちは未来へ行きました。

すると、未来には、死んだはずの「デレク」がいて、
「デレク」は「ジョン」を知りませんでした。
「デレクの弟(ジョンの父)」も登場しました。

で、「ジョン」が呆然としているところで、終わってしまいました。

最終回とは思えない終わり方です。

私は、「ウィーバー」を好きなので、彼女がいい人なのかどうか知りたいです。



多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その5「命名」 (2)
2010-05-18 00:00

 「でっぱり」は骨状のものでした。
成長して骨になるべきカルシウムが、不適切な場所に、塊となって定着する、そういう病気です。
部位によっては骨折を起こすことがあります。
私の場合は、塊が左半身だけに発生します。
「なんとかタイプ」というのですが、「なんとか」の部分の語句を忘れてしまいました。

病名は「多発性繊維性骨異形成症」。
これは、私のためにお医者さんが考えてくれたオリジナルの病名だと、
つい2~3年前まで思っていました。

1979年当時にはインターネットがなかったので、医師から与えられた情報がすべてだったし、
同じ病名の人に会ったことがありません。今でも。

でも、2~3年前(だと思うのですが)、ふと、病名を検索してみました。
すると、私のためのオリジナル病名ではなかった、ということがわかりました。

たいがい子どものころに発症して、成長期が終わると病気の進行も止まるようです。
まれに悪性化する場合もあるそうです。
今、お子さんがこの病気と診断されていて、情報を求めていらっしゃる保護者のかたへ、
悪性化しなかった実例をご紹介したいと思い、体験談を書くことにしました。



多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その4「手術中」
2010-05-17 00:00


1979年3月。手術は全身麻酔でおこなわれました。

頭部と下肢、同時進行で、
ノコギリとか、ノミとかトンカチとかを使って。
(見たわけじゃないですが、お医者さんがそう言っておられました)

ひらいて見るまでは、
私の頭部や下肢にある「でっぱり」が本当は何なのか、誰も知りませんでした。
「血管の塊」かもしれないと聞いていました。

さて手術中に、私には、意識のあった時間帯がありました。ほんの短い時間ですが。

「自発呼吸をしていない」と気づきました。

でも、苦しくありませんでした。

だから、「これなら安楽死だ、OK」と思って、
能天気な気分でふたたび眠りにつき、
次に目覚めた時には手術が終わっていて、もとの病室に居ました。



チャレンジし続ける勝間さんは素晴らしいと思います。
2010-05-16 00:00


2010年5月2日にBSジャパンで放送された『デキビジ』における、
勝間和代さんと西村博之さんの対談が、ちょっと前に話題になっていました。
勝間さんのブログが炎上したということで。

お二方の謝罪文や、勝間さんのブログへのたくさんのコメントを読んだ後に、
番組を、録画で、観ました。

日本の若者の収入が低くなっている現状について、
勝間さんはマクロの視点で、
西村さんはどちらかというとミクロの視点で語っていらしたように思います。

お二方の議論はかみあわず、もやっとしました。
私なりに、ディベートの作法について、学ぶところがありました。

私の感想としては、
勝間さんはバッシングされすぎだ、擁護論もあって良いと思いました。
炎上したブログにおける、勝間さんを批判する皆さんの発言から想像したよりも、
勝間さんの落ち度は小さいし、かなり努力されていると感じました。
(上から目線ですみません)今後の『デキビジ』にも期待しています。



多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その3「一休さんの弟」
2010-05-15 00:00

 たしか病院内に床屋さんがあって、
そこの人が病室まで出張してきて、私の頭を剃ってくれました。

そういえば、私の母は、私が16歳の時に、わりと唐突に亡くなったのですが、
独身時代は美容師でした。

母が存命だったころは、私の髪は、母が切っていました。

美容師なので、理容師と違って、剃刀を使うことは、業務としてはできないはずなのですが、
プライベートで、私の首の後ろの毛を、母は剃ってましたね。

あれをやられると、なぜか、おしりのへんが、ゾゾっとするんですよね。

病室では、理容師さんが、業務として、14歳の私の頭髪を剃りました。

首も剃られて、ゾゾっとしました(≧▽≦)

剃ってみると、病気部分以外の私の頭の形はわりとかわいくて、
看護婦さん(1979年当時は「看護師」さんではなかったのです)たちから、
「一休さんの弟」と呼ばれました。なぜ弟?



多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その2「レントゲン」
2010-05-14 00:00

 手術前に、レントゲンを、たくさん撮りました。

X線写真が中心ですが、CTも。
1979年当時、癌研病院にはまだCTがなかったので、別の病院へ移動して撮りました。

MRIはまだ、私の検査人生には登場していませんでした。

全身のレントゲンを撮った結果、分かったことは以下です。

●頭部3箇所、腰、下肢の骨に「謎のでっぱり」がある。
●「でっぱり」は左半身のみに発生している。

「でっぱり」は5箇所あるが、手術は2箇所に対してのみおこなわれることになりました。
下肢と、頭部3箇所のうち1箇所です。
下肢は放置すると骨折の危険があるから、という説明でした。
頭部はおでこの上、左側の。これはサイズが大きかったからです。

私は左右非対称になっている顎も手術してほしいと言いましたが、却下されました。
手術することによってかえって悪化するかもしれない、という説明でした。
当時、中2でした。「大人になったら手術してあげる」と言われた記憶があります。



You can't get away / w-inds. (1)
2010-05-13 00:00


次は何をヒトカラしようか、と、JOYSOUNDでw-inds.を検索して、
「新譜」があるか調べたら、
『Urban Dance』『Fire Flower』『You can't get away』『Lil' Crazy』が新譜でした(^^;)

そこで、まだヒトカラしていない『You can't get away』という曲名をググったら、
アルバム『w-inds.~1st message~』のM-1でした^^;

さっそくアルバムからx-アプリに取り込んで、
ネットワークウォークマンにも入れて、
オリジナル歌詞カードを作って、予習して、ヒトカラしてみました。

今日のところは、4人中2位となりました^^;

15歳の少年が歌っても差し支えない清純な言葉を用いながらも、
いろんな意味で情熱を感じさせる歌詞がすばらしいです。

同時にアルバム『Journey』のM-9の『Journey』も修行中なので、
小規模な阿久津健太郎まつりになってます\(^o^)/



多発性繊維性骨異形成症(の思い出)その1「非対称」
2010-05-12 00:00


1976年。小学校6年生の時(だと思うのですが)、
自分の顎の形が左右対称ではないことと、
おでこの上、左側に、でっぱりがあることに気付きました。

両親は私を、お茶の水の東京医科歯科大学病院に連れて行きました。

1979年。中2から中3の間の春休みに、手術することになりました。

手術は、当時は大塚にあった癌研究会付属病院で行われることになりました。
「癌じゃないけど、癌研病院は設備が良いから」と説明されたような気がします。
両親はどんな説明を受けていたのか、今となっては分かりません。

入院前に、癌研病院に診察を受けに行って、
待合室で、隣に座っていたおばあさんから「きれいな髪ね」とほめられました。
ツヤッツヤの黒髪の、おかっぱでした。中2当時。
で、診察室に入ったら、「手術のために髪の毛を剃ってもらいます」と言われました。
つるっぱげにするか、最低でも全頭髪の4分の3は剃らなくてはならないとのこと。
4分の1残すなんて、どうしていいかわからなかったので、
ぜんぶ剃ってつるっぱげにしてもらうことにしました。(続く。不定期連載予定)