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ヒトカラマニア

…ですが、今は体のメンテナンスの優先順位が高くなってしまい、あまりヒトカラに行けてません/(^o^)\

刑事ドラマでの車の発進シーンは俳優さん本人が運転しているとは限りません。
2021-05-29 23:50






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全世界167名の読者の皆様ごきげんよう\(^o^)/

父の職業が運転手だった修羅笛の鍵です。




私が物心ついた時、父はハイヤーの運転手でした。

某会社から、TBSに出向していました。

俳優さんをロケ地へ送迎、
歌手さんをテレビ局や自宅へ送迎、
報道記者さんを取材現場へ送迎、
などが本業でした。

12月31日には
帝国劇場(レコード大賞の会場・当時)から
NHKホール(紅白歌合戦の会場)へ
歌手の皆さんを送るお仕事をしていたので
年が明けるころに父は帰宅していたような気がします。




さて
本業としてドラマのロケ地に俳優さんを送っていた父が
刑事ドラマに出たことがあると言ったのを聞いた記憶があります。

『七人の刑事』というドラマで(『刑事7人』ではないです)
刑事さんが乗ったていの車が発進するところを撮影したかった時に
「運転手さん、ちょっと運転してくれない?」
と言われて運転したそうです。

もちろん顔は見えないように工夫されたようです。

刑事さん(の役者さん)が運転しているていですから。

たぶんですが、
運転免許を持っていれば誰でもできることではなく
演出意図どおりの絵面になるように
スピードや曲がる角度を調整して
美しい運転である必要があったのではないかと思います。




私はそのドラマをリアルタイムで知りません。

DVDやBlu-rayも見つかりません。

もしかしたら何らかのサブスクでは視聴できるかもしれませんが、
私はテレビ関係のサブスク契約をしていないので
視聴できません/(^o^)\

視聴できたところで
車の発進シーンはきっと山ほどあるでしょうから
どれが父の運転したシーンなのかは判別できないことでしょう。

父本人が解説してくれれば別ですが、
父は2006年に亡くなっています。









以前にも同じことを書いていたら申し訳ありません。












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父が私を千尋の谷(せんじんのたに)に突き落とした話。
2021-01-31 23:50








画像はイメージです。









高校3年の時、
クラス45人中43位の成績でした。




しかし、
大学受験組の多くが一浪する中
私は現役で大学に合格しました。




そこで、
(たぶん)大学1年の時に
母校の高校の進学イベントに呼ばれました。

私は、
進学組の生徒とその保護者の
質疑応答の回答者になってほしいと言われていました。




質問に答えるだけだとしても
中心となるエビソードを何か用意したほうがいいよなー
と思って
行きの電車で考えていきました。




高校に到着したら
質疑応答から、講演形式に変わっていましたΣ(・ω・ノ)ノ!

「あ、お父様には電話でお伝えしたのですが、
〇〇(私の名前)なら対応できるだろうと言われて
とくにお手紙を出しませんでした(汗)」
と言われました。

あ、
私は大学の近くに下宿していました。
(固定)電話はありませんでした。

1983年なので携帯電話もありませんでした。




やられた、
と思いましたが、
エピソードトークのネタを考えてあったおかげで
講演も特段問題なく、やれました。




ちなみにそのネタというのは
『試験にでる英単語』を一冊、記憶し終わって
2周目をやる時は
新しく一冊買ったほうがよいですよ、
同じ個体でやろうとすると
答えを下敷きで隠しても
隅のほうのメモとかで答えがわかってしまって勉強にならないので、
という内容でした。

いまこの文章を書くために
楽天アフィリエイトで検索したら
現在の『試験にでる英単語』には
CDが付属しているのですね^^









父がなぜ
私なら対応できると言ったのかはなぞです。

本当に私を信用していたのか、
おとしいれようとしたのか。

当時の父にとって私は
ガリ勉、そして金づかいの荒い娘、
というイメージだったと想像するのですが(・ω・)

父は2006年に亡くなったので
真意を訊くことができません。












九州でトラックドライバーに非難された父。
2019-05-29 23:26








画像はイメージです。









全世界197名(昨日のアクセス数)の読者の皆様こんばんは\(^o^)/

父が埼玉県出身、母が熊本県出身の修羅笛の鍵です。




母(42歳没)が生きていた時は、
私の夏休みに、
熊本県の母の実家に、母と私でロングステイしていました。


父(72歳没)はそんなに長く休めないので
途中参加、途中退場が多かったです。


私と母の、九州への主な往復手段は
寝台列車でした。




父がマイカーを入手してから
カーフェリーで行く、
あるいは全行程を車で行く、
という選択肢も加わりました。




父が早めに夏休みを取って
九州への往路が一家三人で車、
という時がありました。

全行程を車で。

運転できるのは父ひとりですΣ(゚Д゚)




父はプロの運転手ですが
九州に入ってからはさすがに疲れたのか
何かちょっとした運転マナーの違反があったようで
トラックの運転手さんから
マイクを使って怒鳴られました
「品川ナンバーの、この東京もんが!!」と。

父はその時、
夜勤明けの看護師さんのように疲れ切っていたと思いますが
冷静に軌道修正をしていたと思います。

母はたぶん内心オロオロしてたんじゃないかと思います。

私はおとなしくしてました。




たぶんそれは父の運転手人生の中で
そうとう珍しい経験だったと思います。




40年以上前の出来事なので
想像するしかないですが
あの出来事も
父を運転手としてさらに成長させたに違いないと思っています。








ちなみに埼玉県民の我々の車が品川ナンバーだったのは
父の勤務先が東京で
品川ナンバーを取得できるルートがあったからです。

本来は大宮ナンバーになる地域に住んでいました。たぶん。












ステレオとはすばらしいものだと母と共有したかった父。
2019-05-26 23:14








画像はイメージです。









全世界219名(昨日のアクセス数)の読者の皆様こんばんは\(^o^)/

自分が16歳の時に母を、41歳の時に父を亡くした修羅笛の鍵です。




小学生の時だったと思うのですが、
父がステレオを買いました。




ヘッドホンで聞いて、
「頭の真ん中で音が聞こえる」
と感動していました。




父はその感動を共有しようと
母の頭にヘッドホンをつけて
「ね? すごいでしょ?」
的なことを言いました。



母は、
気まずそうに微笑みながら
「すごいのかもしれないけど、私、左耳が聞こえないからわからない」
と言いました。


父はハッとした顔になり、
黙り込んでしまいました。



母の左耳が聞こえないのを
父はもちろん知っていたのに
忘れてしまっていたのでしょう。




父は自己嫌悪に陥ったことでしょう、
と後に思いました。

















父の部屋には抗がん剤(錠剤)がたくさんありました。
2019-03-08 21:28






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全世界208名(昨日のアクセス数)の読者の皆様こんばんは\(^o^)/

2006年に父を亡くした修羅笛の鍵です。




昨日のブログを書いていて思い出しました。

父の死因も大腸がんでした。享年72歳。

ステージ4で発覚して手術して亡くなるまで、1年ちょっとでした。




父は人付き合いの達人でした。私から見ると。




手術後、
大腸がんの主治医が
錠剤の抗がん剤を処方してくれていました。

その抗がん剤は
20%の人にしか効かないが
ほぼ100%の人に副作用が出る
と主治医が言いました。





私は父に
抗がん剤を断ることを勧めました。




抗がん剤治療をしたい主治医と
抗がん剤治療に反対する私に挟まれた父は
とくに困るでもなく
「お付き合いだから、薬はもらっておくよ」
と私に言いました。




そして毎回の通院で、
薬をもらっていました。




薬にお金を出して
控えめに服用していました、
というか
ある時から全く服用していなかったと思いますが
処方を受けて薬局で薬を買い続けていました。




なので、
父の部屋には
薬が増え続けました。




医師に対して素直なので
医師には気に入られている患者でした。




いい意味で老獪です( ̄▽ ̄)








もし今後
私が同じ立場になっても
薬を買うだけ買って服用しない
という選択肢を取ることは困難だと思われます。